足の静脈の血液は基本的には心臓に向かって戻ってゆきます。
横になっている場合は問題なく戻ってゆきそうですが、立った状態では重力に逆らって上に登ってゆく必要があります。ただし、足先には心臓のような血流を生み出す動力源はありません。
放っておけば血液はどんどん下に下がってしまいます。そのようにならないように、上に向かう血液の流れを作り出すために重要なのが、筋肉の運動によるポンプ作用と、足先に戻ろうとする血流をさえぎる『逆流防止弁』です。
逆流防止弁は足の静脈に無数にありますが、足の付け根や膝の裏など、太い静脈血管の合流部で壊れやすく、これが壊れると血液は逆流し、足の下の方に血液が溜まり、静脈がこぶのように膨らんだり、むくみや重苦しさ、足のつりなどいろいろな症状が出てきます。
また、表面の静脈と内部の静脈をつないでいる静脈もあり、この静脈の中では表面から内部へと向かうように逆流防止弁がついていますが、この弁の故障でも内部から表面へと血流が流れるために静脈瘤をつくる原因になります。
下肢静脈瘤は、理容師・調理師など長時間立ったまま働く人や、中年以降の女性や妊婦などに好発し、痛みやだるさなどの症状がでます。
下肢静脈瘤になりやすい原因には次のようなものが考えられています。
◆妊娠・出産
◆立ち仕事
◆肥満
◆女性
◆加齢
そして遺伝も関与しているといわれています。
妊娠・出産、性別、加齢、そして遺伝は避けられないものですから、予防のしようがありません。したがって、予防に明らかな効果があるのは、
◆立ち仕事を避けること
◆肥満にならないこと
ということになります。
肥満を解消することは、根性があれば出来るはずです。しかし、立ち仕事を避けるということに関しては、ご職業がたとえば、美容師さんだったり、調理師さんだったりすれば無理な話です。ではそうした場合、予防は出来ないのでしょうか。
答えは、「一応、出来る」ということになります。「一応」とワンクッション入れたのは、それでも下肢静脈瘤が出来てしまうことはあるからです。でも予防しないよりはましです。
女性で、親族に下肢静脈瘤の方がいて、かつ、立ち仕事をされている方が下肢静脈瘤にならないようにするために・・・
◆数時間に一度、足を椅子の上に乗せたりして横にするような体勢をとる
◆1時間に1回、足の指でグーパーを10回繰り返す
◆ 弾性ストッキングを着用する
などの方法があげられます。
つまり、短時間でもいいので静脈の弁にかかる負担を減らしておくことです。そして足の血流は足の指をグーパーするというごく小さな運動で格段に良くなります。さらに、どうしても長時間にわたって立ち仕事が連続する場合は、弾性ストッキングで静脈が拡張するのを止めておくのです。弾性ストッキングは、弱圧の薄手のものでもかまいません。
長時間の立ち仕事の後に、
◆足がむくむ
◆足がだるい
などの症状があるようでしたら、下肢静脈瘤の予備軍です。一度弾性ストッキングを試されるとよいと思います。夕方から夜にかけて症状が軽減されます。出来れば弾性ストッキングコンダクターの資格のある方に採寸してもらい、着用についての注意やその後のケアをしてもらうのがよいでしょう。
下肢静脈瘤は良性の病気です。つまり、よほどのことがない限り命には係わりません。
ただし時に、下肢静脈瘤の原因となっている血管、たとえば大伏在静脈という名前の血管に大きな血栓(血の塊)ができることがあります。この場合、ちょっと注意が必要になります。大伏在静脈は、足首の内側から、ふくらはぎ、太ももの内側を流れて、足の付け根あたりで大腿静脈という足の中で最も太くて大切な静脈に合流しています。
血栓が大伏在静脈の中だけに留まっていればよいのですが、まれに大伏在静脈から大腿静脈本管へと顔をのぞかせて大きく増大することがあります。この状態は「深部静脈血栓症」という状態で、放っておいてはいけない病気となります。これがいわゆる「エコノミークラス症候群」と呼ばれるものです。
血栓がちぎれてしまい、大腿静脈の中をフラフラと流れてゆくと、たどり着く先は、心臓の壁に穴が開いていなければ通常は肺になります。肺にたどり着いた血栓が肺動脈に詰まってしまうと、病名は「肺血栓塞栓症」。もし、血栓が直径1cmを超え、長さが10cmに及ぶような大きい場合、健康な方でも呼吸困難が生じえます。もし肺に何かの病気をお持ちの方で、肺の機能がもともと低下している場合は、さらに危険な状態になることになります。
少し怖いような話でしたが、こうした状態はかなりまれなものです。私の経験では、下肢静脈瘤が原因で深部静脈血栓症になられて治療した患者さんは、数名おられる程度の頻度です。
それよりも、ほかの病気で手術を行った患者さんに深部静脈血栓症が起こる可能性のほうが頻度は断然高いものです、たとえば股関節の骨折。その手術後になにも予防しないと深部静脈血栓症の頻度はなんと40%に達します。こうした事実に数年前にようやく医師も気が付き、現在では術中から予防の弾性ストッキングを着用していただくのが普通です(日本医科大学の場合)。また、私がフルに大学病院で勤務していた時には、股関節やひざ関節の手術の後、歩行訓練開始前には必ず超音波で深部静脈血栓症があるかないかを調べていました。その甲斐あって、深部静脈血栓症、さらに進んだ肺血栓塞栓症の頻度は激減いたしました。
静脈瘤、即、エコノミークラス症候群、ではないのでとりあえずはご安心ください。ただし学術論文では、下肢静脈瘤の患者さんはこの深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)になる頻度がやや高いとの報告もありますので、注意するに越したことはありません。
下肢静脈瘤の、血管内レーザー治療、日帰り手術の後には必ず弾性ストッキングを着用していただきます。最初の7日間は入浴を除いて一日中、それ以降の7日間は日中のみ着用、を原則にしています。場合によっては弾性包帯で代用することもあります。弾性ストッキングはやや厚手で、履きづらいし、暑苦しいし、最初は不快に感じる方も少なくありません。
では何故、皆様に着用していただくのか。それはひとえに、一番警戒しなくてはいけない合併症の頻度を下げるためです。その合併症とは、「深部静脈血栓症」。通称「エコノミークラス症候群」です。
この「エコノミークラス症候群」。飛行機のエコノミークラスに乗っている方だけがかかる病気、ではありません。もちろんファーストクラスでも起きますし、普段生活している私たちにも突然襲ってくる可能性のあるものです。
「エコノミークラス症候群」の名前は知っているけど、いったいどんなものなの?という方も多いかと思います。この病気の実態は、脚の深いところを流れている「大腿の静脈」や「膝の静脈」「ふくらはぎの静脈」の中に血栓(血の塊)ができることです。血栓が静脈の壁にくっついているときには、足がむくんで痛みが強く、壁から離れてふわふわと血液の流れに乗ると、行きつく先は肺動脈。つまり肺の中に詰まってしまうのです。
直径1cmを超えて、長さ10cmを超えるような大きな血栓が詰まると、いかに健康な方でも呼吸困難が生じえますし、肺の機能がやや低下している場合には症状も重くなってきます。
この「エコノミークラス症候群」。実は一般生活よりも病院の中で発症することが多い病気なのです。股関節の手術をした場合、なんの予防もしないと約40%の方に生じてしまいます。そのため、近年では手術中から弾性ストッキングをはいていただくようになって、病院内での発症の低下が得られました。
下肢静脈瘤の手術とて例外ではありません。たとえば「大伏在静脈」は、足首の内側から、ふくらはぎ、太ももの内側を流れて、足の付け根あたりで「大腿静脈」に合流しています。「大伏在静脈」の血管内レーザー治療後には多少とも静脈内に血栓ができます。通常は増大せずに数カ月もすると静脈と一緒に消失してしまいますが、万が一の可能性として、「大腿静脈」の中に血栓が増大することも考えに入れておかねばなりません。
そのために弾性ストッキングを着用していただいています。弾性ストッキングを着用すると「大腿静脈」の流れが格段に上昇します。つまり、流れる川は凍りにくいのと同じです。血栓が大腿静脈へと進展しづらくなります。その甲斐あってか、「エコノミークラス症候群」の発症は0.1%以下に抑えられ、ほかの外科手術に比べても圧倒的にその発症は低くなっています。
くわえて、血管内レーザー治療では手術直後から通常の生活ができます。仕事、外回り、散歩、買い物、家事も普段通り。こうした活動そのものが「エコノミークラス症候群」の発症の低下に寄与しています。